アーティスト活動の拠点を求めて、Iターン。川合 優さん(32歳)童仙房木工所 木家具作家

標高500mの高原“童仙房”へIターン。

童仙房は南山城村の北部に位置し、急峻な村道を登ったところに開ける山上の準平原地帯である。明治維新を迎えた京都が遷都による食糧難などの危機感を抱き、農地開拓を目的として有志を募り、136戸・500人が移住した。当時は神社仏閣をはじめ、学校や郵便局、警察署などが整備され、京都府の童仙房支庁が開設されるほどの繁栄を見せた。しかし、支庁の木津への移転に伴いその発展のスピードは鈍り、のどかな農村地帯へと変貌を遂げた。米、茶、木炭、しいたけ、トマトを主に産出する農業地帯でありながら、開拓地ならではの自由な風土も手伝って、今では陶芸家や木工作家などの創作活動を行うアーティストが集まる地として童仙房は注目されている。「私の家内の知り合いである陶芸家の清水善行さんが、童仙房へ移住し創作活動を行っている」というのがきっかけでしたと、川合さん。「童仙房の保育園が廃園になるということで、役場と交渉してくれたのです」。2008年4月、共同出資者の富井さんと「童仙房木工所」を開設した。

「自立したかった」。木家具作家への道。

川合さんは岐阜県の兼業農家の長男として生まれた。京都精華大学芸術学部建築専攻を卒業後、同級生3人と町屋改修などのセルフビルドをはじめた。「とにかく、自分たちで何かをやりたかったのです」と当時を振り返る。「やがて、大学を出たばかりで技術も知識も未熟な自分たちに気がつきました」。一念発起、岐阜県高山市の森林たくみ塾の門を叩いた。富井さんとはその塾での同期生だった。小箱やテープカッター、積み木などの小物づくりからはじまり、椅子やテーブル、食器棚などの家具を任せてもらえるようになった。「商品をつくりながら学び習得していく、がむしゃらな2年間はあっという間でした」。技術を吸収したいという意欲は収まらず、京都の椅子張り会社へ就職した。ソファの皮張りや詰め物作業など、椅子づくりに目覚めた川合さんはここでの2年半の修行の後、独立した。京都市内で工作機械付きのレンタル工房で仕事をしながら、職住近接で創作活動に打ち込める理想郷を捜し求め童仙房へ。富井さんと工作機械等の共用設備を購入し200ボルトの電源を確保。いよいよ童仙房木工所が動きはじめた。

猪や山菜・キノコ狩りのスローライフ。

「猪を仕留めたから、山から担ぎ出すのを手伝ってくれ」と地区長さんから電話が入った。「年に数回ですが楽しいですよ」と川合さんの顔がほころんだ。お裾分けをいただき、牡丹鍋に舌鼓を打つ。裏山で山菜やキノコを採る。「生活環境としてはスローライフですが、ここでは作品が売れないので東京など全国のギャラリーや雑貨店に営業に行きます」。ギャラリーの展示会や私のホームページで作品をご覧になったお客様からの注文が収入の中心になっている。個展や二人展、グループ展、全国各地で開催されるクラフトフェアも生活を支える重要な機会だ。毎年8月後半に催している童仙房木工所と陶芸家の清水さんが主催する“山の上マーケット”には、京都をはじめ大阪、奈良、三重、滋賀などから、昨年は約1000名の来場者を集めた。川合さんや富井さん、清水さんの作品展示をはじめ、農産物販売やカレーや焼きそば、手作りジャム・ドリンクなども振舞われ、夏の南山城村を代表する風物詩となっている。「陶芸や骨董のことも勉強したいですし、ドイツやフランスで力試しもしてみたいですね」と、あくなき探究心を秘めた将来の夢も語ってくれた。
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