Uターンして家業の民宿を継ぎ、地域活性化を!井上博文さん(34歳)「農家民宿 童仙房山荘」経営

好奇心旺盛な青年が南山城村に帰ってきた。

井上さんが、お母様と営む農家民宿「童仙房山荘」に帰ってきて今年で4年目になる。童仙房地区については、木家具作家の川合さんのところで詳述したので割愛する。民宿でお客様に提供する米や野菜を栽培し、知る人ぞ知るブルーベリーの摘み採り園の運営で汗を流し、お母様と二人三脚で接客に勤しむ日々。井上さんは、大阪工業大学短期大学部の建築学科を卒業したものの、就職氷河期に悩まされ、在学中からアルバイトをしていたガソリンスタンドでの仕事を続けた。「そこでは単にガソリンを販売するだけでなく、営業やサービス、接客マナーに至るまで、仕事への取り組み方を仕込んでもらえたのが将来の宝となりました」と懐かしそうに語る。その後、派遣でパナソニックグループのDVDやCDのレンズメーカーで工場ラインの仕事に就きながら、二級建築士の資格取得のため独学で臨んだ。見事合格した後、煙突プラント会社へ派遣され、煙突だけで十数億円規模の大阪の大規模清掃工場の現場を経て正社員へ登用されたのである。

果てしなきチャレンジスピリットが原動力。

不況の煽りを受け、正社員として採用が決まっていた煙突プラント会社からの内定取り消しの通知さえ、井上さんのチャレンジスピリットの火を消すことはできなかった。次なる挑戦はスノーボードのインストラクターだった。「スノーボードは好きだったものの、バッジテストさえ受けたことのない私を受け入れてくれた、ニセコのスノーボードスクールの校長には感謝の一言です」。幸い人材育成を考えていた校長の理念と合致し、1年目に2級と1級のバッジテストに合格するまでに育ててくれた。夏は実家に戻り、民宿の手伝いをしながら、奈良の大型量販店でブロードバンドの販売促進の営業に勤しんだ。2年目のニセコで念願のB級インストラクターの資格を取得し、その夏、大型量販店での働きが認められ、NTTコミュニケーションズの奈良地区担当のエリアマネージャーを任されることになった。車やプラントといったモノづくりに関わる仕事を経験し、営業の仕事が面白くなってきた矢先、お父様が他界された。3年前のことである。

地域活性化の夢をロードバイクに乗せて。

「今、ハスカップの栽培に挑戦しています」と笑顔で語る井上さん。亡くなったお父様は元・南山城村役場の職員で、定年前の昭和55年に「童仙房山荘」を開業した。3人兄弟の末っ子だが、幼少期から民宿を手伝っていたので後を継ぐことに重荷を感じなかったという。25年前にお母様がブルーベリーの苗木を譲り受けたことがきっかけで、摘み取り園を始めた。「今では常連さんが市内はもちろん、大阪、奈良、神戸や四日市から訪れてくれます」。北部ハイブッシュという品種がこの地に馴染み、300~400本を管理している。通常お盆位までが最盛期だが、高原であることが幸いして8月~10月まで実るプレミアムものとしてお客様に喜ばれている。ブルーベリーの最盛期が終わると井上さんは落ち着きがなくなる。大の自転車マニアで愛車のロードバイク(CARRERA)を披露してくれるほどだ。また、自ら京都府自転車競技連盟に嘆願し、昨年の関西シクロクロス(オフロード用バイクCX)シリーズのプロローグ戦を南山城村に誘致した。木津川の河川敷にコースを敷設し、150名が参加するほどの盛況ぶりだった。夢は童仙房で自転車のヒルクライム大会を実現すること。プロや実業団クラスの選手が童仙房へトレーニングに来ることに目をつけた。「自分でも楽しみながら地域活性化に貢献したい」。都会ではできないものをつくること。井上さんの夢は大きく膨らむばかりだ。


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